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San Francisco -Day 1- : Flight to SF.
現在、シアトルと大阪の間に直行便はありません。

よって、多くの場合、一度どこかを経由する形で2本の飛行機に乗ってその間を行き来する事になるわけです。

最近では韓国の仁川空港を経由する韓国系航空会社の便が安い事が多く、仁川経由ということもあるけれども、San Francisco国際空港経由というのがこれまでで最も多く利用した航路だと思います。

他には、LAやVancouver、国内で成田、はたまたハワイなんていう経由地もあるのだけれど、これらの場所は、“経由地”として通るだけなので、多くの場合「ただ、一瞬停まるだけ」と変わらないので、実際”寄った”事というのは数えるほどしかありません。

ということで、空港までは何度も何度も来た事のある土地だったSan Francisco(以降SF)もほぼ初めて訪れた事になります。

そんなSFは、これまたシアトルとは違って、世界屈指の観光地だと思います。予想以上にヨーロッパからと思われる外国人が街に溢れていたことからもその印象は間違いでないと感じさせるのですが、西海岸の街ということからも、LAと共に、日本人にも馴染みがあるし、誰でも、2、3は観光地を言えるのもSFだと思います。

そんな観光資産にも恵まれたSFに4泊5日で行ってきました。

初日、なんと朝6時の飛行機でシアトルを出ました。勿論、手続き等のために朝4時台に家を出るわけですが、悩んだ末、寝ずに出ました。飛行機で寝られる、という思いもあったのですが、微妙に寝てしまうとダルくなるからそうしました。

しかし、飛行機ではほぼ一睡もできませんでした。

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雲の上から見る朝焼けがきれい過ぎたからです。

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by leoism | 2009-10-15 09:43 | Travel Log
霧に浮かぶ街 - San Francisco 旅行記 -1-
— それは まるで天空に浮かぶ 空中都市のようだった —


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10/15から4泊5日、サンフランシスコに行ってきました。

初日は朝6時のフライトのため、4時過ぎに家を出、戻りは0時半着の便で戻るという少し大変なフライトスケジュールでしたが、おかげで、4泊5日でまるまる5日間充実した時間を過ごす事が出来ました。

3月に行ったロサンゼルス(WBCの時の記事など参照)に続いて今年2度目となるカリフォルニアでしたが、州のサイズが日本の本州と同じくらいというだけあって、その南と北にある両シティーは似ている様で、また全く違う感じの街でした。

次回から、何回かかるかわからないですが、順次本旅行での様子を手短かにお伝えして行こうと思います。

日本でも馴染みのあるゴールデンゲートブリッジや、坂を走るケーブルカー、大監獄アルカトラスに少し足を伸ばしてアップル本社や、Charles M. Schulz(スヌーピー作者)美術館などたくさん行きましたので、どうぞお楽しみに!

*写真は2日目に撮ったダウンタウンの様子です(詳しい状況は同日分のエントリーにて)。

*写真はクリックすると大きいサイズがポップアップします。


[ K200D + PENTAX-DA 18-55mm WR: 55mm, 1/999sec, f13, 0.0EV, ISO200, AWB, Av mode, SR on ]

*Taken in RAW and Proceeded with MacBook + Photoshop CS4



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by leoism | 2009-10-15 08:49 | Travel Log
生きるチカラ、求めるホンノウ
—生きるチカラ、求めるホンノウ—


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最近、野生の「生きるチカラ」に非常に興味・関心があります。

人間は頭ばっかり大きくなってしまって、内に秘めたはずのチカラ・ホンノウを隠し、封印しながら生きている様な気がしますが、大自然の中で野生動物たちが見せるそれらの輝きには本当に心を奪われてしまいます。

「NATIONAL GEOGRAPHIC」の様な写真が撮りたい、という思いの中にはそういった人間を含む生きとし生けるものたちの生き様、チカラ、ホンノウを写し取りたい、伝えたい、という想いがあるのかもしれません。。

この雛鳥たちは国立公園内に設置された人工物の柱の上に作られた小さな巣の中で「生きたい!」と叫び続け、そして疲れたら寝て、親鳥が命の源を届けてくれるや直ぐにまた命の雄叫びをあげるの繰り返しでした。

鳥は飛び方を習わずとも飛べるそうです。

何を食べてて、どの様に生きるかを知っている。

こんな小さな小さなものたちですら、自分の生きる道を知っているのです。

いやはや、頭でっかちになってしまった人類に生まれた事をちょっとだけ恨めしく思ってしまいますね。


*写真はクリックすると大きいサイズがポップアップします。


[ K200D + TAMRON AF 70-300mm Di: 300mm, M mode, SR on ]

*Taken in 6 mega with fine sharpness +4, custom color=Miyabi. (Retouched and Resized with MacBook + Photoshop CS4)


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by leoism | 2009-10-14 22:25 | Life
【連載 第7話】そこでしかみられないもの -闇-
第7話:

光の存在がどれほど尊いものなのか、それを痛感するまでに時間はかからなかった。

眩しいのに視線が外せない。

瞬きですら、憎らしく感じさせる、そんな「光」の魔術を理性でかき消し帰路に向かったのは、「闇」の恐ろしさを知っているから。いや、“知っていると思っていた”からだ。

人類が「光」を手にしてどれだけの時間が経ったのかは知らない。

だけど、“その”出来事が人間を人間にさせている様に思う。

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by leoism | 2009-10-06 13:07 | Field Log
【連載 第6話】そこでしかみられないもの -命-
第6話:

H2O。

水を化学記号に置き換えると水素と酸素の固まりである事がわかる。

適度な消耗の恩恵を受けた、「地球上で最上の飲み物」で満たされたボクはそんな事を考えていた。

人体の実に6、7割は水で構成されている事を思い出す。

そういえば、この目前に広がる海という水分も地球の約7割を占めている。

そんな不思議な共通点に微妙に緩んだ口角を少し恥ずかしく思いながら、ボクは三脚を用意した。


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by leoism | 2009-10-05 23:07 | Field Log
【連載 第5話】そこでしかみられないもの -海-
光はそこにあった。

まるで水爆の実験に遭遇してしまったかの様なそのまぶしい光は、海の遥か向こうから閃光の様に体全体を貫いた。長らく闇に近い暗がりにいた所為もあるのだろうが、その眩しさは、目を閉じたくらいでは防げそうに無いくらいに感じられた。

いつも見ている太陽。毎日当然の様に昇り、そして沈む(様に視えている)太陽。

“そこ”ではそれは全くの別物の様に見えた。

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その感動を声に出すのにいささか時間がかかった物だが、我に返った後は、とにかくはしゃぎっぱなしだった。足場の危うい岩だらけの海岸を駆け回り、構図などこれっぽっちも意識にとめないままにとにかくシャッターを押した。いや、シャッターを“押している”という感覚は全く無かっただろう。その時カメラという“道具”は間違いなく自分の体の一部となっていた。シャッターをキル事は、右目をウィンクするよりももっと自然で、もっと直感的な作業だった様に思う— とすると、ボクは無数のウィンクをばらまきながら岩場を翔る変な青年という事になるのだけれど—。

海岸には10〜20ほどの人影があった。

彼らの多くは写真目的でここにいる様子ではなかった。もちろん何人かはコンパクトカメラを連れていたが、一眼レフカメラに三脚という“それらしい”装備を持った者は見なかった。

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by leoism | 2009-09-28 21:25 | Field Log
【連載 第4話】そこでしかみられないもの -光-
自然は偉大だと思った。

いったいどれだけの人と時間が費やされてこの道ができたのかわからないが、周囲を埋め尽くす深い森の中、たった一本この道だけがその海へとつながっている。一歩道を外れれば、そこは森の中。何がひそみ、何が起こるかわからない。木、木、木、の連続がただひたすら続くだけである。

そんな場所に立ち寄る理由は持ち合わせていない。ボクはただひたすら海を目指し、その一本道を進んだ。

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1時間と少し歩いたところで前方に光が見えた。しかし、その光は白く、霧という名の“がっかり”を予感させるものだった。脳裏には、辺り一面真っ白に広がる霧の海岸が映し出される。ボクが目指した“その”海岸は、ないかもしれない。しかし、あるかもしれない。ボクは“がっかり”している自分の映像を壁のポスターを剥がす様に強引に引きちぎり、丸めて森の奥深くに捨ててしまいたい、そういう衝動をじっと抑えつつ、とにかく森の終わり—つまり海岸の入り口—を目指した。

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by leoism | 2009-09-24 22:55 | Field Log
【連載 第3話】そこでしかみられないもの -森-
そこでしかみられないもの—。

果たしてそんなもの、存在するのだろうか。

森に入ろうとした時そんなことを思った。

普遍的な物など存在しない—。

そんな事はわかりきった事実であり、その事実が何度ボクらを苦しめたことだろうか。そんなことはわかっている。しかし、「そこでしかみられないもの」を、“ボクが”、“そういう価値のあるもの”だと認識する事が、果たして出来るのか、それが疑問だった。

毎日繰り返し昇っては沈む太陽。雨や曇りの日には見えないし、季節によって、昇る場所も沈む場所も違う。ボクらの目にふれている時間だって長くなったり短くなったり、日々変化している。

しかしー。

それらの多くは、“毎日同じ様にしかみえない”のである。

だから、ボクはここに来たのだ。

なのに、ここに来て、森の入り口を前にこういう思考が頭の後ろの方をくるくると回り始めるのは、森を目にして臆したからではないと信じたい。まるで大きな壁の様に目前に広がる森の姿をみて、“ビビって”しまったから、“そこに入らない理由”を作り出そうとしたのだったら、恥ずかしいでは済まないから。

どちらにせよ、ボクはそこに入らないわけにはいかなかった。“そのために”ここまでやってきたのだから。仮にそこで見る太陽がいつも見る太陽と同じだった(少なくともそう見えた)としても、見る事もせずに、勝手な理由をつけて、引き返せるわけなんて、全くないからだ。

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海岸へと続くその道の入り口はわかりやすかった。

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by leoism | 2009-09-21 18:09 | Field Log
【連載 第2話】そこでしかみられないもの -湖-
そこでしかみられないもの—。

それが見たくて数百キロという距離を移動した。

辿り着いたのはLake Ozette(オゼット湖)と呼ばれる米国本土ではかなり北、そして西の端に位置する湖(地図参照)。そのほとりには15のキャンプサイトとレンジャーステーションがあるが、それ以外には殆ど何もなく、レンジャーステーション脇から伸びる森への入り口がLake Ozetteから海岸へと抜ける唯一のルートである。

毎日毎日繰り返される太陽と地球の織りなす日の出と日の入りのルーティーン。そんな“当たり前”を特別な何かとして、改めて感じたい。その思い一つでここまで来たのだけど、文明の力を借りて進めるのは、“ここ”まで。

太陽が遥か彼方の水平線に沈んだ(様に視えた)後、30分も待たずに世界は闇に支配される。

片道5kmを超える森の中のその道は、“それ”を見届けた後には光の痕跡すら残らないかもしれない。

ボクはキャンプサイトにテントを建て、“そこ”から戻った後のための準備を入念に行った。

森に入り薪を集め、火をくべる用意をし、暗闇の中で少ない明かりでも何がどこにあるかわかる様、配置に拘り、それを覚えた。テントに入ったらすぐに寝られる様に寝床を作り、着替えも用意した。汗をかくだろうけど、それだけは諦めて、着替えだけ済まして寝てしまう予定にした。

一通り準備が終わった後、レンジャーステーションに向かった。

そもそも、暗闇の中、そのトレイルを歩く事が問題がないのか確認したかったから。

レンジャーは、「懐中電灯があれば問題ない」、そう言った。

少し安心したが、あまりに簡単に言うので、真面目にこちらの話を聞いていたのか、ちょっとだけ心配も残った。もしかしたら、「まさか暗闇の中、この森を歩こうってことじゃないでしょ」という先入観があって、「この森を夜にちょっと見て回っても安全ですか?」と聞いたと勘違いしたかもしれない。

どれだけ頑張って歩いても1時間はかかろうそんな森の中の道を陽が落ちた後に歩くなんて、そんな人、いると思っていなかったとしたら、十分あり得ることだから、心配が残った。

とはいえ、ここまで来て、計画をキャンセルするつもりも無いから、2本の懐中電灯(LED)を入念に点検し、カメラ機材を点検(バッテリーも)し、少し休憩した。

休憩しながらもどこか心配は残っていた。だからゴロンとなっても落ち着いて寝ていられなかったので、湖の方まで歩いた。湖にはとても清々しい風が流れていて、抜けた空、それが映り込んだ湖面、周囲を埋める木々、その全ての要素がバランスよく、ボクの不安を少なからず消してくれた。レンジャーの言葉が消しゴムだったとしたら、紙の上に残っていた消しかすを「ふーーっ」と吹き飛ばしてくれたのが、この湖だった。

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by leoism | 2009-09-20 23:54 | Field Log
【連載 第1話】そこでしかみられないもの -序-
その太陽は何一つとして特別な物ではない。

毎日当たり前の様に空にあり、夜には姿を隠し、また次の朝東から顔を出す、いつもと変わらない、太陽だ。

太陽が「西へ沈む」という言い方はある意味自己中心的だ。

“そう視える”だけなのだから—。

しかし、ボクたちは地球が時速1700kmで廻っている(赤道地点)コトも、それが年に1/100,000秒ずつ遅くなっていっているコトなど気にしながら夕日を見たりしない。

そこにあるのは、ただ単純な感動や、哀愁、はたまた、蕭々とした惜別なる想いなどで、地学的な知識や思考力といったものの入り込むスペースは残っていない。

そんな一日でもっとも感情が動かされる夕暮れという時間帯、その同じ太陽は山の向こうだったり、ビルの隙間だったり、そして、海の水平線へと沈んで行く(様に視える)。毎日毎日、西の彼方に沈んで行く(様に視える)。

あまりに日常的なその光景は、よもすれば、当たり前過ぎて、それが毎日西へと沈んで行く(様に視える)コトすら忘れてしまうくらいに、それは毎日毎日繰り返される(地球が廻り続けている)。

ボクは、そんな夕暮れのプレシャスな時間を撮影する事が大好きだ。

毎日毎日繰り返される、、、と表現したこの地球と太陽の織りなす日々の“行事”は、毎日、少しずつ、気にして、注意深く観察しても、普通じゃわからない程度に、でも確実に変化していっている。それは地球の自転が遅くなりつづけているからではなく、1年を通して、地球と太陽の位置関係が変わっていくコトと、そして、日々大気のコンディションが変わっていくからである。

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太陽の沈む(様に視える)場所、夕日の色、空の色、雲の数、量、空気の冷たさ、湿度、肌触り、香り、風の音、、、。たくさんの要素がそれを彩り、毎回毎回違った演出を見せてくれる。

だから、日暮れ時の撮影は飽きるコトがない。

今回、ボクは、その日暮れ時を見るため、ただそれだけのために片道1時間以上の道—それも森林の中に設けられた、細く、足下の危うい一本道—を歩く事に決めた。(そしてその道は、市街地から車で5時間走った先にある)

夏なら、8時か9時頃に西を見れば見る事のできる、同じ太陽、同じ空。

でも、“そこ”でしか視るコトの出来ない何かがきっとある。

その思い一つで、ボクはかばんに荷物を詰め、車を走らせた—。


つづく。。。。


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by leoism | 2009-09-15 12:12 | Field Log