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San Francisco - Day 5 - : Alcatraz III.
前回前々回のエントリーに続いて今回も、"The Rock"跡地のある、アルカトラズ島の様子を紹介します。

最終回の今回は、脱出不可能とされた大監獄からの脱走劇と銃撃事件についての歴史も紹介しながらにしようと思う。
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最初は図書室。

囚人たちは読みたい本をオーダーして、この空間で読書する事が出来たし、中には自室(自分の監房)に持ち帰っても良い者もいた(囚人の態度などで違ったのかな?)。



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高い吹き抜けの空間が頭上に広がり、狭くて陰気なイメージがある刑務所にあって、どこか教会の様な神聖さも感じさせる、特別な感じのする空間だ。

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とはいえ、光の反対側にはすぐに監房エリアがあり、ここが刑務所の中である事を忘れる事はなかなか出来そうに無い。

前回のエントリーでも紹介した通り、青空の下で体を動かす事を許可される囚人がほとんどで、普通に食事は食堂で食べ、図書館もあり、シャワーだって浴びられる(毎日じゃないけど)。

前回書いた通り、終身刑や死刑の囚人以外はいずれ牢の外に出て行くのだから、適度な運動、適切な食事、十分な運動、そして、社会復帰に向けたトレーニングと勉強(読書)は大切なのだ。

しかし、それらを理解し、心を入れ替え、外に出た後の人生再建を胸に生活していた者がどれだけいたか、というと、わからない。


"The Rock"は1934年から1963年の29年の稼動期間中、1人として脱獄を許さなかったとしている。のべ36人が14に及ぶ脱走計画に参加し、そのうち7人が射殺、2人が溺死、5人が行方不明となっている(公式記録では死亡とされている)。

この中で最も悲惨だった出来事は1946年5月2日から4日にかけて怒った、「Battle of Alcatraz」(アルカトラズの戦い)と呼ばれる事件だろう。

25年の刑期を務めていた銀行強盗犯、Bernard Coy率いる囚人チームは、「Gun gallery」と呼ばれる二階部分の看守パトロール用通路を制圧した。「Gun gallery」には鉄格子がはめられていたのだが、支給されていた監獄内作業用の道具を駆使してこじ開けた。

制圧され、武器が囚人に渡ってしまった後、武装した囚人たちを鎮圧するのには時間がかかった。

結局、囚人たちの不用意な失敗なども重なり、大脱出は失敗に終わるのだが、この事件の中で看守側に2名の死者を出し、囚人側は3名が殺され、後に2名が処刑され、騒動の中で脱獄計画に参加していなかった者も1人死亡する大惨事となった。
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主犯だったBernard Coyたちは最後、このブロックとブロックを繋ぐ連絡道にて殺され、その後抗戦を続けていた囚人たちも鎮圧され、事件は幕を閉じたのだった。

壁には当時の惨劇を物語る血痕や傷が残されており、生々しいのだが、館内は明るく保たれているため、不気味さは感じない。ただし、オーディオセットから銃撃や爆撃の音とともに断末魔にも似た声が聞こえて来た時、果たしてそれが、オーディオプレイに元々設定されていたものなのか、本来収録されていない声だったのか、そんな不安が頭をよぎったりもした。
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こちらは暗い雰囲気が残りまくりの独房。鉄格子の扉の手前にさらに鉄扉が。

ちょっと覚えてなくて情報がみつからなかったのだけど、この独房は、懲罰房だったかもしれない。


さて、そんなこんなで囚人が武装して、慌ただしい事になった「Battle of Alcatraz」と対象的に、とても静かに、だが着実に脱走を試みた囚人もいた。

強盗の罪で服役していた囚人番号"AZ1441"、Frank Morriis(フランク・モリス)は、Alcatrazに収監されるとすぐに3人の仲間を得て、脱獄計画を企てた。彼はIQ133とされており、その優秀な頭脳は房内の通気口に突破口を見いだす。似た様な手段はドラマ、『Prison Brake』でも使用されるが、とにかくこの通気口を体が通れるくらいに広げ、壁の裏側にある空間から屋上に登り、監獄内を脱出する計画を練るのだった。

c0080101_1836698.jpgこの脱獄劇の中では映画にするに値する興味深い手段が多数使われているが、その1つが、「自分の顔のダミー」製作である。脱獄計画中の彼らは、ひとたび通気口裏に出た場合、見回りの看守が房を訪れてしまったら、房がもぬけの空である事がわかり、計画は一瞬にして失敗してしまうため、自分たちが壁の裏で脱出経路を確保する間、“身代わり”が必要だったのだ。
監獄内の限られた道具で作られた「自分の顔のダミー」は明かりの消された夜の監房において、看守の目をだますには十分だったわけだが、それはとても精巧とは言えない代物なのに、どこか生々しく、とにかく気持ち悪い(右のものはMorriisのダミー顔)。

また、島からの脱出にはボートが使われたとされているのだが、一見ゴムボートの様な浮き船は、レインコートを縫い合わせて作ったらしく、事件発覚後直ぐに残骸が発見されているので、本当に浮いたのかどうかはわからないが、とにかく手元にあるアイテムを駆使し、必要な道具を集めて行ったという点で彼ら脱獄者たちはたくましかった。

脱出は1962年6月11日の夜決行された。Morriis投獄から2年が経過していた。

4人の脱獄者は、しょっぱなに3人に減る事になる。Allen Westという囚人が堀った抜け穴のすぐ後ろに鉄のバーがあり、体が通らなかったのだ。他の3名は仕方なく彼を置き去りにした。

事件が発覚したのは翌朝になってからだった。FBIを導入しての捜索が始まるが、イカダの残骸や、脱獄囚の携行物(マネーオーダー等もあった)が見つかるものの、遺体は発見されなかった。FBIはサンフランシスコ湾が困難な海である事を根拠に、3人は溺死し、遺体がみつからないだけ、とした。公式にも「行方不明」ではなく、「死亡」とされた。しかし、本件に関しては多くの議論がなされており、ある番組では彼らの作ったイカダと同じものを制作し、海を渡る実証に成功したという話もある。

ここからの話は想像や論理的考察であるが、屋上に出た彼らは何とか地上に降り立ち、暗闇の海に脱出用イカダを出した。

イカダの残骸がAlcatraz島近郊で発見されていることから、イカダでの移動は小距離だった可能性が高く、小型船などで外部から手引きするものがいたかもしれない。その上で、完璧では無かったイカダで同手引き船に辿り着く過程で重量オーバーを理由に誰かは海に捨てられたかもしれないし、誤って携行品を落としてしまった可能性がある。

もちろん普通に沈没→溺死したと考える方が自然な部分も多いし、政府としてはそうであった方が自分たちの失態度合いが緩められるのでそう公表したいところだろう。

しかし、後日Morriis本人と名乗る人物から電話を受けたという話があったり、目撃情報も多数あることなどから、一部都市伝説化されているものの、3人の内、少なくとも1人は生還したと信じる人も多い。

この話はとても有名で、1979年に『Escape From Alcatraz』(アルカトラズからの脱出)としてクリント・イーストウッド主演で映画化もされている。

そんな壮大なドラマも繰り広げられたAlcatrazもこの事件の1年後には閉館となる。
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こちらはアナウンス室。もちろん、囚人は入れないエリア。

アナウンス室は刑務所南側にあり、大きな窓が外部に面していて、その向こうにはサンフランシスコのダウンタウンが望めるため、どこかのリゾート地と勘違いするかもしれない。
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看守エリアから繋がる広場。ストレスの多いであろう看守たちはここでひとときの憩いを求めていたのかもしれない。
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海の方を向いたビュー。海の向こうにサンフランシスコが見える。
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左にある廃墟が刑務所長の宿舎だった建物。
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当時は立派な威厳ある建物だったのだろうな、とは思うけど、こういうアングルで撮るともはやただの廃墟だ。

充実の刑務所跡ツアーを終えたら、急に疲れを感じた。

ナンダカンだで結構歩いたから、ちょうどお昼も過ぎていたので、連絡船乗り場に向かった。

船の待ち時間にお土産店に寄って、「働くのがお前たちの義務だ」的な事が書いた看板を買った。家に貼って、ルームメイトたちへのネタにする狙いだけど、鉄製で結構重かった(汗)。他にもTシャツや関連映画のDVD、絵はがきなどたくさんのグッズが売られていたけれど、刑務所内で使われていたのと同タイプと思われる食器(3つに区切られたアルミのお皿とか、マグカップとか)が面白かった。買おうか迷ったけど、買ったら人数分揃えたくなるからやめといた。

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最初から最後まで天気がぱっとしなかったけれど、充実した滞在で、帰りの船で既にちょっと恋しかったり。

灯台の右下に見えるのが元刑務所長宿舎で、その後ろのが監獄。

小さな島だけど、大きな出来事が起こりまくっていた場所だ。


つづく。。。


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*All photos were taken with K-7 + SIGMA 10-20mm EX DC in 6 mega JPEG. Retouched and Resized with iMac + Photoshop CS4


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Flight to SF.
Cupertino, Apple's Mother Ship.
Infinite Loop.
To the Hotel, and Then...
VIP in San Francisco.

Day 2:
Palace of Fine Arts I.
Palace of Fine Arts II.
View from Fort Point National Histric Site.
Golden Gate Bridge I.
Golden Gate Bridge II.
Golden Gate Bridge III.
CHARLES M. SCHULZ MUSEUM I.
CHARLES M. SCHULZ MUSEUM II.
CHARLES M. SCHULZ MUSEUM III.
Golden Gate Bridge IV.
Japan Town.
Night at Palace of Fine Art.

Day 3:
Golden Gate Park I.
Golden Gate Park II - de Young I-.
Golden Gate Park III - de Young II -.
Golden Gate Park IV - California Academy of Sciences.

Day4:
NIKE WOMAN'S MARATHON '09.
SFMoMA I.
SFMoMA II.

Day5:
Alcatraz I.
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by leoism | 2009-10-19 13:30 | Travel Log


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